世の中は不平等です。私も世の中の不平等さを感じている一人です。そんな中で得をしている人もいれば損をしている人が居ます。

自分はどうすれば、得をする側に行けるか、もしくは得をするところまで行かないまでも損をしないポジションに行けるかどうか。

もしかすると、あなたはこの記事を息苦しさから解放できる手助けになるかもしれません。

 

起
卑怯なポジションを確保できる人とできない人

正直こんなこと思ったことありませんか?自分はこんなに苦労しているのに、同僚や友人は大して苦労もせずに自分と同等もしくはそれ以上の収入を得ていると。

就職した会社の違いや、キャリアなどの違いはあれど、まったく同じような境遇でもその中で苦労が少ないポジションを確保している人々が実在します。

例えばの話ですが、以下のようなケースがあります。

営業マンと技術者(エンジニア)が存在する会社があるとします。
  • 数字をつくる営業マンの方が権力の大きい会社というのは技術者(エンジニア)にノルマや時間的に無理な要求を「やらせる」環境です。そうすると営業マンは顧客と交渉もなく言われた通り無理難題を技術者に丸投げしてあとは知らん顔することができる立場だったりします。
  • 権力のバランスが反対で、技術者(エンジニア)の方が権力のある会社の場合、営業マンが顧客に頭を下げて取ってきた仕事を今度は技術者にも頭を下げて、「やって貰う」ことになります。その場合技術者(エンジニア)が余裕を見た納期で作業できる立場だったりします。

 同じ業界で同じ業種でも人的な要因や会社内での部署によって、権力・パワーバランスが異なり、仕事の快適さも異なるということです。これは環境によって損得が別れる場合です。

    単純に権力者の腰巾着(子分)もしくは親しくすることもよくありますね

    権力のある人にゴマをすったりイエスマンで何でも言う事を聞いて可愛がられれば、良い話はその人に優先に行ったり、面倒事は権力者から距離を置いている人に押し付けられやすいです。これは世渡りの方法によって損得が場合です。

     

    承
    環境に影響される場合と人に影響される場合

    会社やコミュニティに入った際には、部署や役職的のパワーバランスです。パワーバランスの弱いところに所属すると消耗する事が多いです。どうしても嫌ならその場所を去った方が良いでしょう。

    もう一つの世渡りの方法によって損得がある場合に関して。人に媚びたり群れたりせずに自分に嘘をつかず筋を通したいと思う人もいますが、過酷な道となることが多いです。ただ大成するのはこちらの方でしょう。

    自分に嘘をつき、上司や権力者にゴマをすって行くのも楽なことではありません。長いものに巻かれて権力者の発言に「そうだ、そうだ」と偉そうに乗っかる。権力者の言う事に従順。言いやすい相手には言って、言い難い相手には言わない。上っ面だけ取り繕って中身を売る、それでようやく自分は常に優位な立場に居ることができます。

    私は倫理的におかしなことは権力者であろうと自分の筋を通すべきと考えて、世渡りは結構ヘタクソです。利害関係や依存関係なんて自分を縛り上げるものでしかないからです。

    利害関係や依存関係で自分の人生を他人に介入されるくらいなら、干されても私は自分に嘘をつかない道を貫きます。その為には強さが必要です。

    利害関係者の集団に屈しない精神力と実力をつける必要がありますが、この必要に迫られることで成長せざるを得ない状況を手に入れることができます。苦労する分自分に蓄積される経験は確かなものです。

     

    転
    割り切るのもアリ

    上記では「自分に嘘をつかない」「他人に媚びたくない」「長い物に巻かれたくない」という主張をしていましたが、割り切って「自分に嘘をつく」「他人に媚びまくる」「長い物に巻かれる」のも選択としてアリだと思います。

    そちらの方が能力を無くても楽に人生を送ることができるからです。能力で勝負できなければそうした上っ面の立ち回りでカバーするしかありません。

    「上司に何も意見できない人」「弱い人にしか言えない」と他人から言われる覚悟は必要です。それだけで過酷な実力競争から逃れて、権力者の手下として派閥的な中に入れるのならそれはそれで精神的な負担は少ないかもしれません。

    権力のある人に意見できない、弱い人にしか言えないのは、要は組織を改革することも放棄することになります。権力者にとっては(都合の)良い人でも会社にとってはいい人材とはなりませんね。

    もっと言うなら本来はその権力のある人に腹を割って意見を言い合える関係を築くのが真の信頼関係でしょう。何でも言いなりで自分の意見を言えず顔色をうかがっている主従関係が歪さを物語っています。

    実力競争からの逃避、派閥や群れの加入をするのであれば、こういう卑怯な世渡りやポジションの確保もアリです。

     

    結
    優勢な側につこうとする卑怯なポジション争い

    人が集まって時に発生するのが、「自分の方が上だ」という醜いマウントの取り合いです。こういうマウントを取る事に興味の無い人と、マウントをとるのに必死な人は興味のない事を良い事にその人を蹴落としてマウントをとろうとする。

    力関係の強い役職や部署に行くことや、力関係の強い人にゴマすりをしていく者と様々です。そういうところに力を注ぐ人は『短期的に卑怯なポジションを確保しやすい』でしょうし、人に媚びず自分に嘘をつかない人は、卑怯な群れに対抗するために個としての実力を磨きます。『短期的に卑怯なポジションの確保は難しい』でしょう。

    群れず、服従せず、自分に嘘をつかない卑怯な道を選ばない人は、個としての力を伸ばすことができますし、たとえ環境が変わっても関係なくなります。最終的に大成(チート)するのはこちらの方です。

    卑怯なポジションを確保している人は、主従・派閥・立場といった外的要因が多く、環境が変わるとリセットされることが多く、また個人としてのスキルの進歩は少ないため、先細りとなっていく傾向ではあります。

    かつては実力以外の宴会部長やムードメーカー的な存在、声の大きい人、アピールだけ上手な人が何となく評価されましたが、今後は露骨に成果主義となります。

    小手先のゴマすりで卑怯なポジションを確保するのは、短期的に優位な立場となれる手段ではありますが、慢心していられる時代は終わりつつあります。

    これからの本当の意味での「卑怯なポジション」というのは利害関係や派閥の群れなどからも解放され、圧倒的な実力で言わせるポジションがチート(卑怯)です。

    楽をして手に入れられていた卑怯なポジションは、これから圧倒的に苦労した人こそが手に入れるポジションに変わっていきます。

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