海外に出て、様々な技術者に出会ってきた。そこで「こんなに凄い技術者がいたのか」と思う一方で「あれ、この人いつまでこんなことやっているのだろう」とも思った。

そう技術者がいつまで経っても同じことをやっていて、後任の育成や周囲への指導ができていなかった。

もちろん私が出会った中での印象である。中には3年や5年と期間を決めて現地スタッフにノウハウを伝えてスパッと辞めて日本に帰国する凄腕技術者も居たが、多くの場合が他人に一生懸命教えることもなく、自分のことだけ考えていれば良いというような技術者が少なくなかった。

起
技術が継承されない理由

技術者として会社の利益を考えれば、以下のことを考えるべきである。

技術者として本来行うべきこと
  • 誰か別の若い日本人に技術を伝える
  • 海外の場合、現地スタッフに伝える
  • 自分以外のより多くの人にノウハウや技術を伝える

究極的には自分が居なくても後任が仕事を回していく環境を構築すること。これができない。むしろ逆のことをやっていることが多い。

技術が継承されない理由
  • 若い世代に技術を伝えない
  • 海外現地スタッフに技術を伝えない
  • 技術やノウハウを広めず自分が特別な存在でありたい

自分の価値を高めるために、自分がいないと困るような状況を作り出している節がある。雇用や給料、周囲からチヤホヤされたいのかもしれないが、会社のことは度外視して自分のことばかりである。

もしくは思考停止で会社の事など考えず単純な労働者として自分の身の周りの事しかやらない、他人に教えるなんて面倒だと考えている人すらいる。

海外赴任する技術者は年配者の割合が多い。日本で現場を踏んで、知識と経験を積んでいる。トップクラスの技術を持っている人もいれば、国内生産の第一線を退いて海外へ赴任した場合もある。もしくは国内生産工場がなくなって残っている海外工場への赴任、還暦前もしくは還暦後の雇用で赴任など。

技術や意識の高さもピンキリで、指導力・責任感に関しても差があるのだろう。

承
とある上場企業の実状

私が驚いたのは、タイで出会ったとある上場企業に関してだ。

某上場企業技術者
  • 55歳(高卒)男性
  • 組立担当
  • 自分はあの企業の技術者だとふんぞり返る
  • 年収自慢
  • 高い家賃のホテル住まい自慢
  • 「最近の若い奴は弱い(精神的に)」と語る

この単にいけ好かないオジサン自体には興味はなく、その上場企業は技術者を3年か5年の任期で日本人をローテーションして派遣していることを知った。数十人・数百人規模で。

その技術者の彼は現場で組み立て業務をしているらしい。それを聞いた時に衝撃を受けた。日本サイドとのオペレーティングや経営に関すること、技術指導にあたっているのであれば理解ができるが、タイの現場スタッフでもできるような現場仕事を日本人が行っている。

現場の仕事はタイスタッフに数年単位で教えれば必ずできるようになる。タイ現地スタッフに現場をすべて任せるような仕組みではなくて、日本人が現場に組み込まれる前提に年単位で入れ替わりを組んでいることに。

日本側で人員が溢れていて海外に回しているのではないかという印象すら受けた。その年配技術者は大企業の会社・高給取りということを自慢して私や周囲に不快なマウンティングをしてきたのが正直呆れてしまった。自分がこの地で業務するようになってどれ程業績が良くなったのか、どのような改革を行って来たのか、彼は考えてもいないだろう。

大企業の現場仕事で規模の小さな企業の人員にマウントをとろうとする時点で程度が知れた。終身雇用と年功序列の恩恵をフルに受けているようなので本人にとってそれはそれで良いのかもしれない。

正直その大企業の将来を案じた瞬間であった。従業員に品格のない振る舞いをさせている事と数年で技術を伝えて現地ローカルスタッフでの現場業務を確立させていないことは衝撃であった。そのやり方を続けている以上は現地スタッフの能力をフルに活かした新興勢力がコストパフォーマンスを上回ってシェアを奪ってくるのは時間の問題だと思う。

転
技術の本質を見抜いて伝えることができない

技術を個人の能力として考えがちだが、会社に勤めて業務や現場という環境を提供してもらえたから技術を培うことができた部分が多いはずだ。手に職をつけて転職や自立する人もいるが、業務や労働の対価として給料を受け取るが、技術を得た分の利益を会社に還元できているのか胸に手を当ててみてほしい。

技術を持った者はそれを活かして業務するのは勿論だが、周囲の人間を育てることは義務である。技術を自分だけで独占しようとする技術者は二流・三流の技術者だ。そんなことが日本の経済を停滞させている理由の一つではないだろうか。

ノウハウを理論的かつ具体的にわかりやすく他人が使えるようにするのが一流だと思う。自分が居なくなっても続く仕組み作り、継承ができなければ周囲に迷惑をかけて衰退の一因になる。

ウォルト・ディズニーやスティーブ・ジョブズなど本人が亡くなっても伝承・進化しているものがある。私は技術者や当時者が去ってその事業が立ち行かなくなった場合は、技術者や当時者の責任だと思う。辞めたから・去ったからという問題ではない。後任に伝承できなかった人間は、技術を得た恩返しもせずに誰にも伝える能力が無かった二流・三流という印象が残るだろう。

また、会社としても技術者に技術を独占できない仕組みを作らなければならない。技術の共有や伝承ができているか可視化できるシステムが必要だ。例えば、指導者と育成枠の人員のペアもしくはグループを作って理解度を確認することや、育成枠の人員の理解度を確かめるための試験など。

技術を独占している技術者も悪いが、それができてしまう仕組みにしている会社も悪い。技術者は技術が伝わるように努力すべきであり、会社も後任・後続の人材が自然と技術を学んで成長するシステムを作らなければならない。

「自分たちは教えて貰わず背中を見て学んできたから、自分も他人には教えない、勝手に覚えるだろう」というのは、無責任な二流・三流の技術者や会社の考え方だ。自分が学んだノウハウや技術を若い世代に伝えて効率よく成長させて、若い世代がそのノウハウや技術を土台に更に蓄積・アップグレードされていく流れにしなければならない。

結
惜しみなく技術を伝えるべき

私が思うに技術を教えるのを惜しむ、他人に伝えることを面倒に思えている技術者が多い。確かに他人に教えるというのは労力を多く要する。しかしそれをしていかないと今後の技術の維持と発展は見込めない。

本来やるべきことは、自分の技術を後任に伝えて、自分はより高みを目指すか、経営や管理の方に目を向けるなど自分は自分で次のステージに進むべきだ。

自分の技術を若い技術者に教えず、若い技術者の株が自分よりも上がらないように足を引っ張り、自分も現状維持で特に新しい取り組みをしないというパターンが多い。

自分自身も周囲も成長し続けるサイクルを作るべきで、それを行わないのは、怠慢である。この記事を読んでいる技術者の方もしくは、技術者を雇っている経営者の方はよく考えてみて欲しい。若者のせいにして技術を教えないのはベテランとしてあまりにも芸が無さ過ぎる。キャリアと技術が本当にあるのであれば、若い世代へ技術を伝えるべきだ。定年間近もしくは定年を超えても「辞められたら困る」と言われて気を良くしている技術者にはよくよく伝えたい。辞められたら困る状況を作っているのは紛れもなく後任に技術を伝えていない技術者の責任だ。

これまで長年身に着けた技術やノウハウは実は数年で伝える事は難しくない。だが、その伝える事を勿体ぶる、面倒がっているのが現状と思える。自分が抜けてその技術がすっぽり抜け落ちてしまうのはあまりにも身勝手である。

長年の技術を凝縮して短期間で後の世代に伝えてしまうと、熟練の技術者の存在意義がなくなるかもしれない。若い技術者に全て授けてしまうと自己の存在意義のジレンマがあるかもしれない。企業と技術者はその技術を後の世代を発展させる仕組みを作らなければならない。

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